東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)63号 判決 1982年6月17日
原告
村上美智子
被告
特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1当事者の求めた裁判
原告は、「特許庁が昭和55年1月30日、昭和51年審判第9145号事件についてした審決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は、主文同旨の判決を求めた。
第2原告の請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
亡村上達夫は、弁理士新実芳太郎外1名を代理人として、昭和46年11月30日、名称を「装飾照明具」とする考案(以下「本願考案」という。)について実用新案登録出願(昭和46年実用新案登録願第112557号)をし、昭和50年5月6日出願公告(実用新案出願公告昭和50―14385号)されたが、昭和50年7月7日訴外旭化成工業株式会社から実用新案登録異議の申立があり、これに対しては昭和50年12月26日付で手続補正をしたが、昭和51年5月17日、右手続補正却下決定とともに拒絶査定がされた。亡村上達夫は、これに対し、同年8月18日審判を請求し、昭和51年審判第9145号事件として審理されたが、昭和55年1月30日、審判の請求は成り立たない旨の審決があり、その謄本は同年2月23日前記代理人に送達された。
なお、その間、村上達夫が昭和54年10月7日に死亡したため、本件実用新案登録を受ける権利は、相続により、原告村上美智子が承継し、その旨の実用新案登録出願人名義変更届は昭和55年3月25日特許庁に提出された。
2 本願考案の要旨
1 補正後
多数の導光性繊維の各一端部分の周面外皮層を部分的に剥離して線状露出部を設け、前記導光性繊維の線状露出部が模様的に現われるように前記導光性繊維の線状露出部を一つの表示面に配列する一方、この導光性繊維のそれぞれ他端露出面を光源に露出させたことを特徴とする装飾照明具。
2 補正前
導光性繊維の外皮層を部分的に剥離して露出部を設け、前記導光性繊維の露出部が模様的に現われるように前記導光性繊維を配列する一方、この導光性繊維のそれぞれ一端露出面を光源に露出させたことを特徴とする装飾照明具。
3 審決理由の要点
補正後の考案の要旨は前2の項1のとおりである。
ところで、米国特許第3508589号明細書(以下「引用例」という。)には、導光性繊維の光学的特徴とする一端部からの入射光をリークさせることなく導いて、他端部から発光させる従来の利用法と異なり、導光性繊維の長さ方向に沿つて光を逸出させるため、全反射性を破つた区域を1個所又はそれ以上の選択した区域に設けることにより、導光性繊維に光のリークを起させ、このような導光性繊維と他の繊維によつて織物製品を形成し、上記導光性繊維の光のリーク部分によつて、種々のデザイン、たとえば、絵、文字及び装飾又は広告の目的のための模様を作つて照明効果を高めた発光織物製品とその照明方法が記載されている。
そこで、補正後の本願考案と引用例記載の技術とを比較すると、両者は共に、導光性繊維の光伝導部分の表面を部分的に破つて露出部を設け、導光性繊維内部の全反射を破壊して光のリークによる発光を行うようにしたうえ、この露出部によつて任意の模様が現われるように配列するのであるから、両者間に格別の相違点を見いだすことができない。
また、引用例には、導光性繊維材料の長さ方向に沿つて光を逸出させるため、1か所又は数か所において全反射を打破し、該部分において、発光性をもたせることが記載されている。ちなみに、露出部を線状とすることと、長さ方向に沿つて光を逸出させることとは、同一の現象を表現を異にして述べているにすぎない。そして、引用例記載の繊維製品は、導光性繊維の露出部の発光によつて、模様を現出させる1つの表示面であるとともに、その製品によつて装飾照明具として構成されることも明らかであるから、両者の技術内容は同一のものである。
したがつて、補正後の本願考案は、引用例のものと目的、構成、効果を等しくし、実用新案法第3条第1項の規定によつて出願の際独立して実用新案登録を受けることができないものであり、該補正を却下したことは妥当である。
そこで、本願考案の要旨は、結局、前2の項2のとおりと認められる。
本願考案(補正前のもの)の要旨と補正後のそれとを比べると、後者が前者の「外皮層」を「各一端部分の周面外皮層」に、「露出部」を「線状露出部」に、「配列する一方」を「1つの表示面に配列する一方」に、また、「一端露出面」を「他端露出面」と補正して、より限定したものであるから、前者についても前記のように引用例に記載されたものと同一と認められる。
したがつて、本願考案は、いずれにしても、実用新案法第3条第1項の規定により実用新案登録を受けることができない。
4 審決取消事由
補正後の本願考案は、つぎの2点で引用例記載の技術とは異なる。しかるに、これを引用例のものと同一であり、実用新案法第3条第1項の規定により実用新案登録を受けることができないとして、補正を却下し、補正前のとおり、考案の要旨を認定したことは、要旨の認定を誤つたものであつて、審決は、違法として取消されねばならない。
1 本願考案では、導光性繊維の長さ方向に伸びる細長い線状露出部を設けるのに対し、引用例には、この点について記載がない。
すなわち、引用例において、おおいのある光学繊維を使用する場合には、予めおおいを何らかの方法で除去しておいてから、おおつてない光学繊維材料の全反射打破と同様の方法で全反射を打破して発光せしめるか、あるいは、屈折率の大きい物質を圧着させてこれを芯繊維に接触させる方法などが取られている。
そして、その実施例によれば、おおいのある繊維の全反射性打破の方法としては、砂の吹き付けや、やすりによる研磨が行われているが、この場合に、おおいは光学繊維材料が織物に織込まれてから後に部分的に除去されるものであり、本願考案における如く線状の露出部を形成するものではない。
また、他の実施例では、光学繊維材料のおおいを薬品で除去し、屈折率の大きいポリエステル糸などと接触させて、その接触点(交叉点)において、光の屈折作用及び光の散乱による発光効果を得ている。この場合には、おおいの除去だけでは発光しないものであつて、むしろ芯繊維の表面を傷つけないようにしておおいを除去する工程が取られている。したがつて、これらの実施例に記載の方法は、本願考案におけるようにその部分のみ発光する線状露出部を形成するものではない。
引用例には、また、光学繊維材料の全反射性打破は繊維製品中に組入れる前又は以後のいずれに行つてもよいとの記載があるが、繊維製品中に光学繊維材料を組入れる前に全反射性を打破する例として示されているのは、光学繊維材料を他の繊維と混紡あるいは交撚してその他の繊維を屈折作用固体として働かせる場合だけである。いずれにしても、本願考案におけるように、導光性繊維の一端部の周面の外皮層を部分的に剥離し予め線状露出部を形成して発光可能な場所を形成することについては、何ら記載がない。
更に、引用例においては、光学繊維材料を織物織成後において縫い込みによつて織物に組み込むことができる旨記載があるが、これとても、縫い込まれる光学繊維材料は本願考案におけるように、実質上その部分においてのみ発光可能な線状露出部を有するものではない。
したがつて、引用例記載のものは、本願考案とは、実質上その部分においてのみ発光可能な外皮層を部分的に剥離して形成した線状露出部(芯線だけでなく外皮層と芯線との境界及び外皮層の断面が露出している)を有する導光性繊維を使用していない点において、明らかな相違が存する。
2 本願考案では、線状の露出部が1つの表示面に模様的に現われるように配列するものであるのに対し、引用例には、この点について記載がない。
すなわち、本願考案において導光性繊維の線状露出部が模様的に現われるように1つの表示面に配列するというのは予め1つの表示面があつて、そこに導光性繊維の線状露出部を適当に配列して模様を描くことを意味するものである。すなわち、線状露出部は模様を構成する線画要素であつて、あたかも、ネオンサインの如く線状露出部の適当な配列によつて、文字、図形等を描き出すものである。これに対し、引用例では、導光性繊維を織り込んだ織物の模様的に選択された部分の導光性繊維の全反射性を打破するにすぎないものであつて、そこで発光性とされる模様形状は区域の選択によるものであり、線状露出部の配列によるものではない。
したがつて、引用例には、導光性繊維の線状露出部を模様的に配列して装飾模様効果を得ることについても、何ら記載していない。
第3被告の答弁
1 請求の原因1ないし3の事実は認め、4の点は争う。
2 補正後の本願考案が引用例に記載されたものと同一とした審決の判断に誤りはなく、何ら違法の点はない。
1 引用例第1欄50行~59行(甲第6号証の2第3欄12行ないし20行)には、光学繊維材料を織物に編入し、その一部の全反射を打破して希望するデザインを得ることが記載されている。
2 また、その第6欄3行ないし13行(同号証第9欄12行ないし21行)に「光学繊維材料は、繊維製品を製造している間に製品中に組入れることが必ずしも必要ではなく、製品を製造した後にその内に組入れることもできる。例えば、光学繊維材料を裁縫によつて織物中に導入せしめることができる。光学繊維材料は、特定の製品及び希望する特定の発光効果に依存して、繊維製品中に組入れる前又は後の何れかに打破した全反射を表わすように変性せしめることができる。」と記載されている。
したがつて、引用例の技術は、予め光のリーク部分を設けた光学繊維材料を他の繊維のみで作つた織物に裁縫によつて組入れることを含んでいる。
3 一方、その第3欄22行ないし32行(同号証第4欄28行ないし39行)には、おおいをしない光学繊維材料は、表面の破壊又は屈折作用を生ずる固体との接触によつて、選択された以外の部分で発光効果を生じてしまうので、使用する光学繊維材料はおおいを有しているものが好適であり、前記光学繊維材料を編入せしめた繊維製品による照明を希望するところは、おおいを取除く旨記載されている。また、その第3図ないし第7図に部分的発光が示されており、その第5欄18行ないし23行(同号証第7欄39行ないし44行)には「全反射の打破が望ましいところでおおいを除くことを要するのみである。」との記載がある。
4 前記1ないし3の技術的思想は、織物の表面に発光表示をさせるという補正後の本願考案と同一の目的を達成するためのものであるから、引用例の技術は繊維製品中に後から縫い込まれるおおいのある光学繊維材料に線状露出部を形成し、これを模様的に配列して装飾効果を得る点において、補正後の本願考案と同一であることは明白である。
第4証拠関係
原告は、甲第1号証、第2号証の1ないし8、第3号証ないし第5号証、第6号証の1・2、第7号証を提出し、被告は、甲号各証の成立を認めた。
理由
1 請求の原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。
2 そこで、原告が主張する審決取消事由の存否について検討する。
1 原告は、まず、本願考案における「導光性繊維の長さ方向に伸びる細長い線状露出部を設ける」技術的思想が引用例に記載されていない、と主張する。
ところで、成立に争いのない甲第3号証(本願考案の実用新案公報)、第6号証の1・2(昭和45年8月5日特許庁資料館受入の引用例である米国特許明細書及びそのわが国における昭和44年9月30日特許出願、昭和47年10月27日出願公告にかかる特許公報)によると、引用例には、「本発明の一面は、光学繊維材料の長軸に沿う伝達光の逸失を希望する。光学繊維材料の使用を包含する。」(引用例第1欄50行ないし53行、甲第6号証の2第3欄12行ないし14行)、(照明を希望するところでは、かかるおおいを取除く。」(引用例第3欄31行ないし33行、同号証第4欄37行、38行)、「全反射の打破が望ましいところでおおいを除く。」(引用例第5欄22行ないし23行、同号証第7欄43行、44行)、「光学繊維材料は、繊維製品を製造している間に製品中に組入れることが必ずしも必要ではなく、製品を製造した後にその内に組入れることもできる。」(引用例第6欄3行ないし6行、同号証第9欄12行ないし15行)、「光学繊維材料は、……繊維製品中に組入れる前又は後の何れかに打破した全反射を表わすように変性せしめることができる。」(引用例第6欄9行ないし11行、同号証第9欄18行ないし21行)と説明され、第3図及び第4図に光学繊維の長手方向に部分的発光をさせることが示されていることが認められ、これらによれば、引用例には、本願考案と同様に、全反射を打破し、光伝導部分から伝達光を積極的にリークさせ、部分発光を可能とさせるために、予め導光性繊維の長手方向に、所望の部分を部分的に剥離して、細長い線状露出部を設ける技術が記載されているということができる。したがつて、この点に関する原告の主張は理由がない。
2 つぎに、原告は、本願考案における「線状の露出部が一つの表示面に模様的に現われるように配列する」技術的思想が、引用例には記載されていないと主張する。
しかしながら、前認定の事実及び前掲甲第6号証の1・2により認められる、引用例中の「光学繊維材料を織物製品中に編入し、織物製品として製作し又は織物製品中に積層せしめる際に繊維製品の希望するデザインの、ある1個所又は数個所の選択した区域中に存在する光学繊維材料の内部的全反射性を打破することによつて、その区域において発光性ならしめることができる。」(引用例第1欄53行ないし59行、甲第6号証の2第3欄14行ないし20行)、「この逸失は、従来は光の損失として望ましくないものと考えられていたけれども、本発明の発光繊維製品はきわめて望ましいものである。例えば、織物製品を機能的又は装飾的照明を提供する織物の形態ならしめることができる。」(引用例第1欄65行ないし70行、同号証第3欄26行ないし30行)、「光学繊維材料の全反射性を破つた区域を1個所又はそれ以上の選択した区域に局限するという方法によつて、織物について希望するデザイン、全体的な照明効果の変化は、無限である。例えば、織物全体又はそのある選んだ部分を光るようにすることができる。照明は、印刷又は他のデザイン、例えば、絵、文字及び装飾又は広告の目的のためのその他の形態とすることができ、」(引用例第6欄65行ないし74行、同号証第10欄28行ないし35行)の記載の趣旨を総合し、これと本願考案(前掲甲第3号証)とを対比してみると、引用例には、本願考案と同様に、前認定の、予め導光性繊維に部分発光のために設けた線状の露出部を、これが所望の模様を構成する線画要素となるように1つの表示面に適当に配列して発光性のデザインを形成する技術的思想が開示されているものと認められる。
したがつて、この点に関する原告の主張も理由がない。
3 そうすると、補正後の本願考案が引用例記載の技術と同一であるとした審決の判断に原告主張のような誤りはなく、ひいて、審決が本願考案について、補正前のとおり考案の要旨を認定したことにも誤りはない。
3 よつて、本件審決を違法としてその取消を求める本訴請求は、失当として棄却するのほかはない。そこで、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(荒木秀一 舟本信光 舟橋定之)